BCILジャポンのベルナール・サンドロン社長が国家功労勲章を受章 [fr]

 ビーシーアイエルジャポンのベルナール・サンドロン社長が11月11日、ティエリー・ダナ駐日フランス大使により、国家功労勲章シュヴァリエに叙されました。

JPEG - 283.4 kb
ビーシーアイエルジャポンのベルナール・サンドロン社長
© 在日フランス大使館

 サンドロン氏はフランス高級品の日本進出を40年前から手掛ける草分け的な存在で、この業界で培った豊富な経験と知識を生かして、ヴィトンやディオール、カルティエ、シャネルなど、フランスの最高級ブランドの日本市場参入を後押ししてきました。パルファン・クリスチャン・ディオール日本支社長、カルティエ・インターナショナル在日代表、ピエール・バルマン・アジア太平洋地域社長などを歴任したほか、香港でもライセンスや市場開発に手腕を発揮しました。1993年、フランスに帰国し、STデュポン社社長に就任。1995年にフランスのBCILパリ社の東京オフィスとして、BCILコンセイユ社を設立、日本とアジアにおける高級品のマーケティングとコンサルティングの事業を開始しました。2000年には同社の業務を引き継いで日本に拠点を移し、BCILジャポンを設立しました。

JPEG - 77.3 kb
ダナ大使に祝福されるサンドロン氏
© 在日フランス大使館

 サンドロン氏はフランスに対する高級ブランド品のイメージを日本に定着させた功労者の一人です。日本文化に通暁していることも大きな強みです。フランス国立東洋言語文明学院出身で、極めて流ちょうな日本語を話します。日本の歴史にも造詣が深く、『Onoda, 30 ans de guerre solitaire 小野田、30年の孤独な戦争』をフランスで上梓しました。戦地のフィリピン・ルバング島で第2次世界大戦の終結も、1945年の日本の降伏も信じず、1974年まで一人戦いを続けた最後の日本兵の話です。日本の高級品業界における経験を日本語で詳述した『賢い女はいつもエレガント』も刊行しました。

 フランス高級品の日本普及への貢献にとどまらず、キャリア当初から、より広い意味で日仏関係の発展に尽力しました。それを示すように最初の職業経験は1971年、海外協力隊員として派遣された在日フランス大使館広報部で積みました。日本のフランス実業界でも、在日フランス商工会議所副会頭を2回務める(1977-79年、1989-90年)など重要な役割を果たしました。

最終更新日 30/12/2015

このページのトップへ戻る