東京大学の三浦篤教授が芸術文化勲章を受章 [fr]

 美術史学者で東京大学教授の三浦篤氏が1月13日、在日フランス大使館のクレール・テュオーデ文化参事官より芸術文化勲章シュヴァリエを伝達されました。

美術史学者の三浦篤氏とクレール・テュオーデ文化参事官
美術史学者の三浦篤氏とクレール・テュオーデ文化参事官
美術史学者の三浦篤氏
美術史学者の三浦篤氏
左から三浦篤氏、高階秀爾氏、クレール・テュオーデ文化参事官
左から三浦篤氏、高階秀爾氏、クレール・テュオーデ文化参事官

  三浦篤氏は東京大学大学院総合文化研究科で教授を務める傍ら、日仏美術学会常任委員、日仏会館理事を務めています。今般の叙勲は、三浦教授のこれまでの歩みに加えて、フランスに極めて密接にかかわる業績を称えるものです。

 三浦氏はパリ第4大学(ソルボンヌ)で博士号を取得し、博士論文「マネとファンタン=ラトゥールをめぐる芸術家の表象」を完成させました。2007年にはソルボンヌの教壇に客員教授として立ったほか、2014年3月から12月までフランスの高等師範学校でも客員教授を務めました。

 19世紀フランス絵画の専門家で、日仏美術交流や比較芸術を研究対象とする三浦教授は、マネ、ファンタン=ラトゥール、コランのほか、フランスにおけるジャポニスム、近代日本絵画、イマージュとエクリチュールとの関係などについて研究を続けました。特に2009年刊行の「Histoires de peinture entre France et Japon (日仏間絵画史)」をはじめ、美術史に関する著書を多数刊行しています。

三浦篤氏の受章スピーチ(2015年1月13日)

 このたびフランス共和国「芸術・文化勲章シュヴァリエ」の叙勲を受けましたこと、心より感激し、またこのうえない名誉と思っております。私がこれまで結んできたフランスとその文化との関係、とりわけフランス美術との浅からぬ関係を思い起こしてみるならば、1980年代初頭まで遡らなくてはなりません。東京大学でフランス語と西洋美術史を学んだときに、その扉が開かれました。

文化参事官殿、同僚、友人の方々、ご臨席の皆さん、

 このたびフランス共和国「芸術・文化勲章シュヴァリエ」の叙勲を受けましたこと、心より感激し、またこのうえない名誉と思っております。私がこれまで結んできたフランスとその文化との関係、とりわけフランス美術との浅からぬ関係を思い起こしてみるならば、1980年代初頭まで遡らなくてはなりません。東京大学でフランス語と西洋美術史を学んだときに、その扉が開かれました。

 そして、1985年にフランス政府給費留学生として渡仏し、パリ第4大学(ソルボンヌ)で19世紀フランス絵画を研究し、最終的に博士論文を完成したことは私にとって決定的な経験となっています。帰国してからは、東京大学で自分の研究を進め、フランス語と美術史を教えながら、日仏の学者たちと一緒にシンポジウムや講演会を幾度も開催しました。さらにまた、フランス美術に関する多くの展覧会を組織したことも思い起こされます。これらの活動を通じて、フランス語圏の研究者たちとも親交を深め、最近では私自身がフランスの研究機関で教鞭を執ったり、講演したりする機会も増えました。

 私が今しみじみ感じているのは、「文化交流」は1日にして成らずということです。大切なことは、筋の通った企画を熱意とともに積み重ねていくこと、時間をかけて信頼と友情を確かなものとすることで、それなくしては何も生まれませんし、何も持続していくことはできません。結局は、人と人とのつき合いのなかから意義あるものが作られていくことを、幾度となく教えられたこの30年間でした。事実、数え切れないほど多くの方々のご助力なくして、今日の叙勲があり得なかったことだけは確かです。

 学生時代の恩師であり、私に研究の方向性と見通しを与えて下さった、高階秀爾先生、故阿部良雄先生、ブリュノー・フカール先生には、いくら感謝の言葉を申し上げても足りません。また、お名前を逐一挙げることはかないませんが、私がフランス美術の研究を共にしてきた、先輩や日仏の友人たちにもお礼の言葉を捧げたいと思います。

 そして、美術館、財団、新聞社の関係者の方がたにも、心から感謝の念を申し上げます。実際、日仏美術交流に関わる私の活動のなかには、個人というよりもチームで成し遂げた仕事も少なくありません。また、大学以外の活動母体として、特に日仏会館と日仏美術学会はかけがえのない存在でしたし、さらには家族の支えなしにここまで仕事はできなかったことも、最後に付け加えさせていただきます。

 私の人生はフランス文化の魅力に導かれてきたと言えますが、フランスが教えてくれたことは芸術の歴史だけには止まりません。フランスが豊かな農業国であり、と同時に科学とテクノロジーの国であり、そしてとりわけ自由を守る国であることも知りました。それらすべてを含めて、フランスという国が私に与えてくれたものの重さを、今噛みしめています。私の貢献などささやかなものに過ぎませんが、今後も美術史という分野を媒介にして、日仏両国の、そして二つの文化の橋渡しができるならば、これに勝る幸せはありません。

 最後にもう一度、このように大きな名誉をいただいたことへの深い感謝の念を、私の第二の祖国となったフランスに対して捧げたいと思います。ありがとうございました。

最終更新日 30/12/2015

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