漫画家の大友克洋氏ら4氏が芸術文化勲章を受章 [fr]

 絵本作家のいわむらかずお、フランス文学者の水林章、作家の平野啓一郎、漫画家の大友克洋の4氏が12月12日、フランス大使公邸で行われた叙勲式で、ポール=ベルトラン・バレッツ臨時代理大使より芸術文化勲章を伝達されました。

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左から平野啓一郎氏、大友克洋氏、バレッツ臨時代理大使、水林章氏、いわむらかずお氏
写真・在日フランス大使館

絵本作家のいわむらかずお氏 - JPEG

いわむらかずお氏、絵本作家

芸術文化勲章シュヴァリエ

 東京芸術大学卒業後、NHKの子ども向け番組のイラストレーターとしてデビュー。化粧品会社に「デザイナー」として勤務、子ども向けの絵本作家になることを決意。以来、絵本76作品を刊行し、その半数がフランス語に翻訳されています。中でも14匹のねずみのシリーズは、最初の2巻が1983年に刊行されるやいなや瞬く間にミリオンセラーとなりました。このシリーズはフランスのみならず、ドイツ、台湾、インドネシア、韓国などでも出版されています。

 いわむら氏は受賞歴も多数あります。1983年に『14ひきのあさごはん』で絵本にっぽん賞を、1985年に『14ひきのやまいも』ほかで小学館児童出版文化賞を受賞しました。1986年に産経児童出版文化賞、1997年に講談社出版文化賞を受賞。1998年には栃木県に、いわむらかずお絵本の丘美術館が開館しました。

 残念ながら子どもたちが視覚的暴力をはじめ、あらゆる形態の暴力にさらされる機会が増えている今日において、いわむら氏は詩情あふれる創作世界を通して、繊細さや思いやりの大切さを伝えています。自然を尊重し、自然と調和するという基本的な価値観、耳を傾ける、学ぶ、助け合うという精神に基づいた世界を、若い世代のために守り、伝えるという絵本作家の最も重要な使命を見事に果たしています。

 フランス語版は、2015年に創立50周年を迎える老舗出版社「エコール・デ・ロワジール」から出版されています。来年には記念行事がフランスはもとより、日本でも開催される予定です。

 
 
 
フランス文学者、上智大学教授の水林章氏 - JPEG

水林章氏、フランス文学者、上智大学教授

芸術文化勲章シュヴァリエ

  教授、翻訳家、作家など多彩な肩書きを持つ水林氏は、まさに文化の橋渡し役を果たしています。

 東京外国語大学の学生時代にフランス政府給費留学生としてモンペリエに留学し、フランス語教授法を学びました。1976年に帰国し、東京大学大学院人文科学研究科に進学しました。

 1979年に再びフランス政府給費留学生として渡仏、パリの高等師範学校に入学しました。これを足がかりにパリ第7大学で、ルソーの『告白』に関する論文を執筆。この啓蒙思想との密接なつながりは、当然のことながら批判的思考、好奇心、ユマニスムを培い、その後の知的歩みに少なからず影響を与えました。1985年より明治大学、次いで母校の東京外国語大学の教壇に立ち、2006年より上智大学外国語学部フランス語学科教授を務めています。

 ロジェ・シャルチエ編『書物から読書へ』のようなエッセーから、ダニエル・ペナック著『学校の悲しみ』のような小説まで、幅広いジャンルの作品の翻訳を手がけています。しかしとりわけフランス語で執筆する、フランスに通暁した優れた作家として知られています。日本語のエッセー6編を刊行した後、「モリエールの言語」とも呼ばれるフランス語への思いをフランス語で直につづった『Une langue venue d’ailleurs/異郷から来た言語』を2011年1月にガリマール出版から刊行しました。

 フランス語作家協会からアジア文学賞を受賞したほか、アカデミー・フランセーズからもフランス語とフランス文学の普及に貢献した功績が認められて賞を受賞しました。

 2013年にガリマール出版から『メロディー、あるパッションの記録』を、最近では『さすらいの称賛』を刊行しています。
 
 
 
小説家の平野啓一郎氏 - JPEG

平野啓一郎氏、小説家

芸術文化勲章シュヴァリエ

 2005年に文化庁文化交流使としてフランスに1年間滞在。早くから執筆活動を始め、影響を受けた作家としてミルチャ・エリアーデや三島由紀夫を挙げています。

 日本文学の将来を担う若者を体現する平野氏は、文壇に彗星のごとく現れました。1999年に『日蝕』で芥川賞を当時史上最年少で受賞、40万部の売り上げを記録しました。同年、2作目『一月物語』を発表しました。

 フランスでは2007年4月、カフカの『変身』を主題とした変奏曲とも言うべき『最後の変身』のフランス語訳がピキエ出版から出版されました。在日フランス大使館とアンスティチュ・フランセ日本は今年、この出版社と包括的パートナーシップ協定を締結しています。
 
 
 
漫画家の大友克洋氏 - JPEG

大友克洋氏、漫画家

芸術文化勲章オフィシエ

 幼少のころから漫画や映画の世界に熱中し、19歳で上京。講談社やNHKと仕事をしたほか、プロスペル・メリメの『マテオ・ファルコーネ』を原作とした『銃声』を『漫画アクション』に発表し、漫画家としてデビュー。その後6年にわたって『漫画アクション』に約60本の短編作品を寄稿、ニューヨークで道場を開いた日本人空手家の物語『さよならにっぽん』(1977年)が最初のヒット作となりました。とはいえ彼の作品や生み出される世界が話題になり始めたのは、1980年代に入ってからのことです。

 代表作『AKIRA』のベースを築く一方、東京を背景に極めて映画的な画風で読者の心をとらえたSFミステリー『童夢』を発表。第4回日本SF大賞を受賞したこの作品は1991年、ユマノイド・アソシエがフランス語に翻訳して出版、フランスで出版された最初の漫画の一つとされています。

 『AKIRA』では、心理操作や反ユートピアを背景にしたポスト黙示録的世界を極限的に描き、SFの古典的なテーマを根底から問い直すことで、それまでにないジャンルを読者に提示、1950年代から引き継がれた漫画の遺産を決定的に断ち切りました。

 瞬く間に大ヒットした『AKIRA』は、漫画ファンの間で引っ張りだことなり、1984年に講談社漫画賞を受賞しました。大友氏にとって国際的な認知の始まりであり、フランス人にとっては魅惑の始まりでした。フランスでは日本の漫画を知る人がまだ少なかった1990年に、グレナ出版が『AKIRA』を翻訳して出版しました。以来、フランス人読者の漫画熱は冷めるどころか、ますます高まるばかりです。

 自身のスタジオ、マッシュルームを設立し、映像制作に本格的に乗り出しました。フランスの若者も夢中になった『ドラゴンボール』や『らんま1/2』などのアニメ作品にも協力しました。自らが監督したSFアニメ映画『AKIRA』は、アニメ映画史上最高傑作の一つに数えられています。『パーフェクトブルー』の企画に協力したほか、2004年には『スチームボーイ』を監督しました。

 大友氏はフランス人が日本に感じる魅力を一新し、若い世代に新たな関心を抱かせました。

最終更新日 29/12/2014

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