フランス人2氏がノーベル医学賞に [fr]

2008年10月7日

 今年のノーベル医学賞は、エイズ・ウイルスを発見したフランス人研究者フランソワーズ・バレ=シヌシ氏とリュック・モンタニエ氏、子宮頸がんの原因を究明したドイツ人研究者ハラルド・ツア・ハウゼン氏の受賞が決まりました。3氏の研究は性感染症対策に大きな前進をもたらしました。

Prix_Nobel - JPEG 2008年のノーベル医学賞は、医学や現代社会に大きな影響を与えた2つのウイルスの発見を際立たせるものです。

 リュック・モンタニエ博士が率いるパスツール研究所のチームは1983年1月、それまで知られていたウイルスとは異なるウイルスを初めて同定しました。当時、「リンパ節症関連ウイルス(LAV)」と呼ばれたウイルスで、これがエイズの原因ではないかと考えられました。フランソワーズ・バレ=シヌシとリュック・モンタニエの両博士は1984年、この新しいヒトレトロウイルスの分離に数回成功し、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)と命名しました。これらの予備研究の後を追うように、他の研究チームがエイズの進行にHIVが関与している決定的な証拠を示しました。ノーベル委員会はプレスリリースで、「(HIVの)発見は、この疾患の生物学的メカニズムに関する現在の理解、ならびに抗レトロウイルス治療に不可欠だった」と指摘しています。

 HIVは現代の最も重大な感染性疾患の1つであるエイズの原因で、この疾患は世界で最も深刻な保健問題に数えられています。「両氏の研究の持つ重要性は、これが世界中に広がる流行性疾患で、世界人口の1%近くが感染しているという背景の中でとらえられるべきだ」と、ノーベル委員会は付言しています。

 リュック・モンタニエ博士(76)は1972年、パスツール研究所のウイルス学部門を創設しました。そこで30年間の研究生活を送り、定年後にフランスを離れてアメリカで研究活動を続けました。1991-1997年、パスツール研究所のエイズ部門を指揮しました。モンタニエ博士はフランスの医学アカデミーと科学アカデミーの会員で、レジオン・ドヌール勲章コマンドゥール、国家功労勲章の受章歴を持ち、1993年4月にはフランス政府からエイズ対策の統括責任者に任命されました。

 フランソワーズ・バレ=シヌシ博士(61)は1975年に国立衛生医学研究所(INSERM)の研究者になった後、パスツール研究所ウイルス学部門のレトロウイルス感染制御研究施設の責任者になりました。国立エイズ・ウイルス性肝炎研究機関(ANRS)の東南アジアの施設も指揮しています。特にパスツール研究所の国際ネットワークを通して、エイズ被害が最も深刻な国々との間に多くの協力関係を築きました。バレ=シヌシ氏は報道機関に対し、「私には1983年以前の人生と、1983年以後の人生がある」と表明しました。さらに、「私はすべてをウイルス研究、ウイルスと人体の相互作用、そして今日は途上国との活動に捧げてきた」と強調しました。

 研究者2氏の先駆的な研究は、ウイルスのクローン化、ウイルスの活動のしくみの解明、血液検査の開発などにつながりました。ANRSのジャン=フランソワ・デルフレシ所長は、「今回の受賞の知らせは、ちょうどいい時にやってきました。というのも、多くの人々がエイズ問題は北側諸国でも南側諸国でも解決されたと思っているからです。この栄誉が刺激となって、若い研究者がワクチンやウイルスの制御、新しい予防手段といった未解決の多くの問題に取り組んでくれるでしょう」

 ノーベル医学賞はもう1人、ドイツのウイルス学者に授与されます。ハイデルベルクにあるドイツがん研究センターの研究者ハラルド・ツア・ハウゼン氏です。同氏は子宮頸がんの原因であるヒトパピローマウイルスを発見しました。子宮頸がんは乳がんに次いで、女性に最も多いがんです。ヒトパピローマウイルスが子宮頸がんを誘引するしくみが発見されたことで、予防検診や予防ワクチンの方法が開発されました。

 アルフレッド・ノーベルの遺志で創設されたノーベル賞は、1901年に最初の賞が授与されました。各賞ともに賞金は1,000万クローナ(約1億4,000万円)で、1つの賞を最大3人まで同時受賞できます。ドイツ人研究者が賞金の半分を、2人のフランス人研究者があとの半分を分け合います。

 この20世紀の大発見は、ウイルス感染に関する貴重な情報をもたらしただけでなく、これによって今日、エイズおよび子宮がんと闘う世界中の科学者が前進しているのです。

最終更新日 03/10/2016

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