森美術館館長の南條史生氏が芸術文化勲章を受章 [fr]

 森美術館館長の南條史生氏が6月27日、ポール=ベルトラン・バレッツ臨時代理大使により、芸術文化勲章オフィシエに叙されました。

森美術館館長の南條史生氏
森美術館館長の南條史生氏
南條史生氏とポール=ベルトラン・バレッツ臨時代理大使
南條史生氏とポール=ベルトラン・バレッツ臨時代理大使

 
 慶應義塾大学経済学部卒業後、三井銀行に入行。1年後に退職して、同大学文学部哲学科で美学美術史学を専攻。27歳で卒業し、複数の展覧会の開催に携わった後、1978年から8年間、国際交流基金で文化芸術交流に従事しました。

 1986年にキュレーターとして独立、白石正美氏ともう1人のパートナーと設立した「ICAナゴヤ」(1986-90年)、ナンジョウアンドアソシエイツ(1990-2002年)を通じて、世界のアート界で当時無名だった日本の有能なアーティストの紹介に尽力しました。

 1987年、ヴェネチア・ビエンナーレ日本館コミッショナーに就任。西洋絵画史と戯れる現代美術家、森村泰昌氏と、デジタル技術を駆使した光と暗がりの壮大な作品を生み出す宮島達男氏の2人のアーティストを紹介しました。世界のアート界にとっては、西洋ではないもう一つのビジョンの存在を発見する機会となりました。

 2002年に森美術館副館長、次いで2006年に同館館長に就任しました。森美術館のオープニングを飾った「ハピネス:アートにみる幸福への鍵」は、鑑賞者の眼前で作品と美術史、そしてすべての歴史の絶え間ない対話が繰り広げられ、ジョン・コンスタブルの風景画や11世紀カンボジアの彫刻、モネの作品の一方で、トレイシー・エミンのビデオやジェフ・クーンズやヨーコ・オノの作品が対比されるように構成された画期的な展覧会でした。

 南條氏は森美術館を万人に開かれた国際的な美術館にするために力を尽くしています。人類学や医学、天文学にも視野を広げながら、異文化間という枠をはるかに超えた異文化混成、さらには変化の概念に横断と伝達の概念を組み合わせた、文字どおりの超文化的な世界を具現しています。

 このように南條氏は日本の現代アートの中心的存在として、現代アートとそれを支える有能な若手アーティストを擁護する役割を積極的に果たしています。

最終更新日 30/06/2016

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